女性支援新法のよりよい運用を考える世田谷区民集会 開催レポート 「女性支援が“まだ”必要なんですか」に、わたしたちはどう答えるか?  2024年4月、困難を抱えるすべての女性たちのための法律、「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(通称:女性支援新法)が施行されました。 これまで日本において女性の支援は1956年に成立した売春防止法が根拠となっていましたが、その改正とともに成立したこの法律は、公的な女性支援の目的を売春防止から“女性福祉” の増進へと抜本的に転換する、とても大きな意味を持つものです。 基本理念として、 ①当事者の意思の尊重 ②民間団体との協働 ③人権擁護と男女平等の実現が掲げられています。 しかし、法律ができたのはいわばスタートライン。困難な状況に直面した時、実際の運用を任された基礎自治体の中には、残念ながら、まだこの法律の本当の意義や、女性支援の必要性の十分な理解が進んでいないという現状もあります。 世田谷区では、今年5月から「困難な問題を抱える女性への支援あり方検討会」を設置し、今年度中に区として女性支援実施にかかる基本方針を策定すべく、検討に着手しています。 行政、市民セクター、そして区民一人ひとりには何ができるのか? を考えるべく、世田谷・生活者ネットワークのおのみずき議員の呼びかけで、8月26日に区民集会が実施されました。 女性支援新法の対象となるのは、困難を抱える全ての女性です。会場には、若年女性、中高年シングル女性、障がい女性、外国にルーツを持つ女性、性的マイノリティ女性の各当事者団体・支援団体の方々が登壇。また、100名を超える参加者にお越しいただきました(約32%が世田谷区在住の方、約13%が通勤・通学が世田谷区の方、約37%が、特に世田谷区と縁はないがテーマに関心を持った方、という内訳)。 リレートーク、パネルディスカッションを通じて、この女性支援新法を“生きた法律”とするためどのような運用を目指すべきか、未来のあり方が模索されました。 01 基調講演 新法はなぜ必要なのか?これから何が変わるか? 女性蔑視は過去のもの、と考える人も少なくありません。そのせいか、女性の権利のための運動は今なお大きなバックラッシュに晒されています。しかし、城西国際大学の堀千鶴子さんの基調講演は、日本は依然として男女格差が大きい社会であるということをはっきりと明示して始まりました。 「女性は男性とは異なる女性性に起因する困難に直面しやすく、特に経済面での格差が女性の貧困問題に直結しています。今年3月の朝日新聞では、65歳以上の単身の高齢女性の相対的貧困率が44%にも上ったと紹介されていました。そして、全国の婦人相談所に来所した相談者の属性や課題を見てみると、全体の約5割が暴力被害の相談で占められています。女性がいかに暴力の被害に直面しやすいのかということがわかる数値です。高齢者や障害者の場合、DVを受けていたとしても支援につながることが難しいとも指摘されています。例えば、DVを受けている妻が要介護であった場合、一時保護所ではバリアフリーになっていなかったり、介護を受けることが難しいため受け入れがそもそも拒否されてしまったり、『たらい回し』になってしまう状態も生まれてしまう。こうした複合的な課題を抱えていると、現行の『縦割り』の福祉制度の中では間(はざま)に落ちてしまう方も少なくありませんでした」 こうした女性たちを取り巻く現状に対して、売春防止法だけでは対処ができないと生まれたのが女性支援新法でした。堀さんは「女性支援新法はソーシャルアクションによって獲得した法律だと言えます」と語ります。  「困難な問題を抱える女性への支援のための施策に関する基本的な方針」には、次のように定められ、支援を必要とする「女性」の属性について広く言及されることとなりました。 法が定義する状況にあてはまる女性であれば年令、障害の有無、国籍等を問わず、性的搾取により従前から婦人保護事業の対象となってきた者を含め、必要に応じて法による支援の対象者となる。 (略)性自認がトランスジェンダーである者については、トランスジェンダーであることによるり起因する人権侵害・差別により直面する困難に配慮し、その状況や相談内容を踏まえ、他の支援対象者にも配慮しつつ、関係機関等とも連携して、可能な支援を検討することが望ましい。 「困難な問題を抱える女性への支援のための施策に関する基本的な方針」より  関係機関との連携が明記されたことも新しい重要なポイントであり、また、国や地方公共団体の責務が明確化されたことも大きな意義があります。都道府県は基本計画を策定することが義務付けられ(市町村は努力義務)、それに基づく支援を求められるようになりました。  しかし、女性支援のための意識改革、効果的なスキームの構築にはまだまだ時間がかかることが見込まれます。地域の福祉サービスとの連携を計っていくことは必須で、予算等の調整も含めて改革が求められます。堀さんは「あんまりゆっくりしたくないんですが、あまり焦ってもいけないかな、という気持ちです。ただ実際のところ、都道府県の動きは総じて鈍いです」と指摘します。 「公的機関が責任を持って行うことが必要ですが、今や民間団体が果たす役割も非常に大きなものです。とある民間団体の方から、行政が民間に丸投げしたり、下請けのように扱うこともあると聞きます。自治体及び女性支援事業3機関(女性相談支援センター、女性相談支援員、女性自立支援施設)が、民間団体の自主性を尊重した対等な連携をいかに構築できるか。これが新法の要であり課題であると考えています。区民の方は自治体の動きを見守りながら、必要な時にはぜひソーシャルアクションで意思表示をしてほしいと考えています」 02 当事者団体・支援団体によるリレートーク 一般社団法人Colabo  10代の女性を支えるため、新宿等での無料カフェ開催、シェルターでの宿泊支援、相談などの事業を手がける一般社団法人Colabo。子ども達の目線で街を歩きどんな危険があるのかを体感する「夜の街歩きスタディーツアー」の開催等も行っています。代表理事の仁藤夢乃さんは、「新宿の大久保公園が世界でも有名な性売買スポットとなっており、円安の影響もあって海外からもかなり買春者がやってきている」と、最近の動向を語りました。  しかし、生活苦や、行く場所がないといった背景から「売春」をせざるを得ない状況に追い込まれている女性たちに対して、新宿区が行っているのは女性たちの「排除」。売春防止法の5条「勧誘罪」では、「売春」を持ちかけるのは女性が前提となっているため、実際には管理会社などを介して組織的な「売春」が行われていたとしても、少女の補導だけが増えていく現状にあると言います。  「警察に話しても、警察ができるのは女性の取り締まりなんだ、と言われたことがあります」と仁藤さん。「少女たちは支援につながる前に危険に取り込まれています。でも、公的な機関への怯えをすごく感じている。私たちは女の子達と顔が見える関係性を作って、何かあった時に、あの人たちがいたな、と思い出してもらえる存在になりたい。何か困ったことがあった時に、年上の男を頼るよりも、あの人たちのところへ行こう、どっちにしよう、と迷える選択肢の一つになりたいんです。そして、無料のカフェにやってくる子たちは、コラボにとっては『支援をしてあげる』という対象ではなく、一緒にこの現状を変えていく仲間だと思っています」 NPOリンク(せたがや福祉サポートセンター)  リンクは、世田谷区を拠点に電話相談サービス、区の委託を受けた安心訪問見守りサービスを展開し、区内二十数箇所で居場所事業も実施しています。  また、東京都から委託を受けた第三者評価事業の中で、介護事業所、高齢者、障害者、子ども養護施設の利用者、職員の聞き取りを行ってきました。リンクの理事光岡明子さんは、その中で接した事例をいくつか紹介されました。  「70代、80代の女性で、子どもたちが自立をしてから離婚したり、夫に先立たれたり、という方々の多くが『年金だけではとても生きていけない』という生活に直面しています。専業主婦をされていた方は、もしお仕事をしていたとしても年金は本当に微々たるもの。高齢中高年が一人できちんと生きていくための社会保障がどこにもないと、色々な方の相談を受けて思うことです。地域の中に居場所がなく孤立してしまい、自分の状況について相談できる人が誰もいない、という方も多いです。」  自分は社会から取り残されているのではないか、という漠然とした、しかし大きな不安を解消するためにも、行政の窓口ではなく、同じ目線でおしゃべりをして支え合う居場所事業の大切さを実感するそうです。  また、施設の利用者のみならず、施設で働いている職員の不安も強かったと指摘します。「みなさん本当に真面目にきちんと働いて、利用者の皆さんと向き合っていても、『自分たちがしていることは本当の支援になっているのか?』と悩まれています。お話を聞いているうちに泣かれる方もいました。本当に良い支援計画づくりに取り組むためには、何よりも当事者・相談者、双方の話しをしっかり聞いて頂き、支援計画に反映させることだと思います」 DPI女性障害者ネットワーク  障害のある女性の困難や被害に対して、権利擁護、相談、政策提言を行うDPI女性障害者ネットワーク。障害のある女性たちが直面する複合的な差別について、京都からZoomで参加いただいた村田惠子さんに解説いただきました。まず、障害のある女性は、生きる上での「生」はあっても、性別の「性」はないと見なされる現実がある、と説明。  「障害のある女性は被害を受けたことすら自覚できない方も多いです。性教育を受けてこなかったことも大きな原因です。最近よく報道されている施設内での性的な虐待や、入浴や排せつの介助が本人の意思確認なく行われるということも、性への理解のなさ、配慮のなさの現れであると思っています。経済的な自立が困難な立場であることから、本人が言い出しにくく、被害が埋もれてしまいます。今後、支援体制を整えていく上では、性暴力被害者の相談内容の分析、クロスデータ集計等も行う必要があると思います」  現在、村田さんは京都にある性暴力ワンストップ相談支援センターで支援員として働いています。「性暴力被害者ワンストップ支援センターの広報があまりにも少なく、特に障害のある女性、障害のある方への配慮が足りないと感じます」と課題を伝えました。車いすや視覚に障害がある等、様々な障害へのアクセシビリティの保障を考える。支援組織の中にあっても、抜け落ちてしまいがちなポイントです。  「性暴力の被害を防ぐために一番大切なのは、性教育のために関係機関と連携することだと思います。障害の特性に合った教育を実施することで、加害者も被害者も作らないことにつながるはずです」 移住連(特定非営利活動法人 移住者と連帯するネットワーク)  移住連は、全国の外国人難民支援団体、支援者、専門家たちのネットワーク組織です。事務局長の山岸素子さんは外国人女性を取り巻く状況について解説しました。「最近は就労資格で来る人たちの家族滞在、留学など、女性たちは多様な在留資格で滞在するようになっています。これは日本人配偶者や定住者と違い、不安定な在留資格。その人たちのDV被害が増加していますが、DVを受けて避難をしたいと思っても、一時保護はできたとしても、その後生活保護を始めとする福祉的支援は受けることができません」  医療保険にも入れず、言語面の困難があって支援にもアクセスできない。住居も得られない。子どもたちは生まれながらに在留資格がなかったり、無国籍状態になっている場合もあります。  山岸さんは、有名な事例として、入管で亡くなったスリランカ人、ウィシュマ・サンダマリさんの事件と、ベトナム人の技能実習生リンさんのケースをあげました。ウィシュマさんは、パートナーからのDVがひどく警察に助けを求めたところ、オーバーステイだからと入管に拘束された末に衰弱死してしまいました。リンさんは、妊娠がわかると雇用主から中絶をするか帰国をさせられる、と妊娠を言い出せず、赤ちゃんの死体遺棄にとわれました。著しい権利侵害が起きている実態があるものの、彼女達が「支援から排除されるのではないか」という強い懸念から、移住連の「女性プロジェクト」は昨年8月、全国の都道府県に対して、基本計画の策定に外国人女性への対応を盛り込んでもらうべく、要請書を提出しました。  「今、まさに制度からこぼれ落ちてる外国籍の女性たちにこそこの法律を、と思っています」 NPO法人レインボーコミュニティcoLLabo  coLLaboは、世田谷区で性的マイノリティ女性に向けた相談や場作りなどの支援活動を行ってきました。レズビアンと多様な女性たちがセクシャリティを肯定し、自尊心を持ち、隠すことなく生きていける社会を実現するというミッションを掲げています。  代表理事の鳩貝啓美さんは、「本日、リレートークでみなさんがここまでお話いただいたテーマが全て縦軸だとすると、その全てに性的マイノリティが横軸で含まれていると言えると思います」と説明しました。  男女二元論に基づいた社会では、異性愛、シスジェンダーのマジョリティを前提として婚姻制度などのあらゆる制度が作られており、性的マイノリティは「いないこと」にされる苦しみを抱えています。そのような状況下で、性自認や性的指向のカミングアウトに伴うストレスから、性的マイノリティはメンタルヘルスの問題を経験する可能性が高い傾向にあります。  東京都の実態調査では、性自認が女性であるトランスジェンダーがDV被害を受けた際、入れるシェルターが不足していることもわかりました。「性自認が女性ではない、ノンバイナリーの方についての調査も不十分だと思います。私自身、女性相談の現場に関わった際に、旧態依然とした記録用紙を使っていました。相談者がいくら話をしっかり聞いたとしても、チェックすべき記録に項目がなければ登録されません。あったとしても、無かったことになってしまいます。これは世田谷区にも期待したいところですが、一番言いたいのは、相談がないということは、『存在しない』『ニーズがない』ではない、ということです」 03 アンケートの声&まとめ 「行政も交えて」話し合いの場を希望する声も  参加してくださった方を対象に実施したアンケートにて、本集会に関するご意見や今後の展望を多数共有していただきました。その一部をご紹介します。 「新法の解説と意義に加え、リレートークとパネルディスカッションがあったことで、課題とこれからの展望が重層的に見えてとてもよかったです。『1人を応援するためにいくつもの団体のかかわりが必要』『支援されるとする側の垣根がなくす』など、気づきの言葉がたくさんありました。現場で女性たちと向き合い寄り添って動いている講師・パネリストたちだからこその発言でした。そして、地域だからつくれるつながりの重要性を改めて感じました。元気が出る集会でした」 「行政とNPOの分断がないようにしたいと思いました。そのために何が必要でしょう?考える機会となりました」 「各分野の現場でどのようなことが起きているか、課題がまだまだたくさんあることが分かった。自治体への期待という点では、行政も交えて今回のような話し合いの場ができていくといいなと思いました」  行政と民間団体との協働の「具体」について関心を寄せる方も多いことがわかっており、今後、開かれた議論が求められています。 コラム:イベント運営における情報保障と合理的配慮 集会発起人:おのみずき(世田谷・生活者ネットワーク、世田谷区議会議員) 今次イベントは、若年女性、中高年シングル女性、障害女性、外国ルーツの女性、性的マイノリティ女性等、様々な交差的差別事由によって、女性支援の領域でもより取り残されやすい女性たちに焦点を当てる企画としました。新法の基本理念にも掲げられる「当事者中心主義」の実践に向けて、一人でも多くの当事者に参加してもらえるように、運営側も手探りながら、情報保障・参加保障の取組みを進めました。一例として、チラシへの音声コード掲載、視覚障害がある方等への配布資料のテキストデータの事前送付、チラシやアンケートの英語版作成、当日会場でのUDトーク導入によるリアルタイム字幕生成(及び自動翻訳)の提供等が挙げられます。 しかし、今回運営側として、こうした合理的配慮としての情報アクセシビリティ改善に意識的に取り組んだことで、初めて見えたことがあります。それは、多様な人が参加できる環境の整備には、相当なマンパワーとお金が必要になる、ということです。今回、情報保障にかかる準備(資料作成や翻訳等)や各種手配はすべて運営が担いましたが、外部に委託すればそれなりのコストがかかります。会場でのUDトーク運用には5万円以上の経費がかかっており、事前に区の担当課にも確認しましたが、情報保障にかかるイベント主催者側への補助制度はありません。 2022年5月には「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」が成立、施行されているほか、今年4月には「改正障害者差別解消法」が施行となり、民間事業者(※)についても、合理的配慮の提供が義務化されました。法整備が着実に進む一方、国や地方自治体以外の多様なアクターが、情報アクセシビリティ推進に取り組もうとしても、追加的コストや負担がこれだけ大きいとなると、実際には対応が難しいのではと思います。 また、今回、合理的配慮の一環として、事前に運営から登壇者の方々に「ゆっくりはっきり話す」ことを意識いただくようお願いしていました。当日も、皆さんこの点を意識してくださった一方、そのこと自体がネタとして会場の笑いの対象になる、という事態が発生しました。当日参加されていた難聴の女性より、後日『障害者団体の集まりで「ゆっくりはっきり」が笑いの対象になることはあり得ない。合理的配慮を笑いにすることは人権侵害である』とのご指摘をいただきました。主催者として、今回の事態を重く受け止め心より謝罪するとともに、自分の中に深く根付いた障害者差別や優生思想にも気づかされる経験となりました。この反省を、今後の活動にも活かしていきたいと思います。 (※)商業その他の事業を行うものであり(法2条7号)、目的の営利・非営利、個人・法人の別を問わず、同種の行為を反復継続する意思をもって行うもの。個人事業主やボランティア活動団体等も含まれる。